自分で選ぶということ

長いお盆休みが終わりましたね。同様に休みの長かった方もいれば、お盆期間中も仕事が忙しかったという方もいるでしょう。私は法事が多かったので、他県に運転している時間が長かったです。それでも久々に会う親戚との時間は、それはそれで大事だったりもします。

さて、タイトルにある「自分で選ぶということ」ですが、これはお盆期間中にテレビで見た宮本亜門さんの特集で仰っていた一言です。

前立腺がんの治療にあたり、どういった治療をするのか。状態をきちんと把握した後、決めるのは自分自身だったということでした。

確かに、一般社会における通院治療の場合はお医者さんに治療の方針があります。薬の種類も患者側が決めることは稀です。

がん治療の場合、状態にもよりますが内科治療・外科治療の選択肢があることがあります。治療方針を自分で決めるというのは実に難しいことです。治療に対しての結果に、患者が責任を負うということにもなります。「選んだのは自分」という足かせです。

難しい手術こそ、簡単に回復するものではないと聞きます。私の場合、父ががんの闘病生活を長くしていた為、手術前の説明や治療方針は長く丁寧に何度も聞きました。だからこそ、宮本亜門さんの前立腺がんの件は他人事とは思えなかったです。

選ぶというのは、病気に限らずなかなか難しい行為です。

子どもに対して「将来、何になりたい?」と聞いているフレーズは多いですが、そのたびに思っていることがありました。

「なろうと思えばある程度は何にだってなれる。ただし、一つしか選べない。」

この、“一つしか選べない”という部分は学校や親からは教えてもらわなかったと思います。まず一歩を踏み出す為の“何になりたい?”ということに特化していたからかもしれません。

一つしか選べないというのも、一度経験して別の道を歩むのならアリだと思います。経験しなければわからないことは多いですし、その結果、成功を収める方も多々おられます。

また、選ぶのは病院や仕事のこととは限りません。

結婚、住宅、子どもの名前など、いろいろありますよね。

選ぶという行為が及ぼす難しさみたいなものを思いふけっていましたので、書き起こしてみました。

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Author:WEB管理者 

 

WEBサイト制作の現場でWEBディレクター、WEBデザイナー、コピーライターとして主に活動。
現在は不動産投資のノウハウを学ぶべく、日夜勉強中。